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院長コラム

一匹の猫であれ、命は命

十月の初旬、猫に関する驚くべき報道がありました。

報道が二転三転し、県警、施設職員、はたまた新聞社の見解が不明瞭な点があるものの、概ね「埼玉県の特別養護老人ホームで、八十八歳の認知症の女性の右足の指がすべて第一関節から猫に食いちぎられた」というもののようです。猫が犯人であるとの根拠として報道では、事件のあった部屋は一階で、当時窓は三十cmほど開いており、床には猫の足跡。さらに職員が口の周りが赤く染まった猫を目撃し、県警に通報していたことを挙げています。埼玉県警では、この猫が女性の指を食いちぎったとの見方を強めているとの報道がありましたが、報道直後から動物愛護団体や一般市民からも「猫が犯人ではない」との声が多数寄せられたことを受け、県警は「猫が犯人とは発表したことはない」と、犯人が猫であることを否定したものの、後に「猫が犯人との可能性は捨てきれない」と発表したとの報道もあります。


しかし、そこには科学的な検証はなく、実際には、被疑者が猫であり、仮にえん罪であっても損害賠償等の可能性が考えられないため、世間の目を引くような安易な報道が先行したようです。今回の事件を獣医師の立場から考えてみると、猫が人の指を食べるには、クリアーしなければならない要素がいくつかあると思います。まず、猫が指を食べている間、被害者は無抵抗でじっとしていなければなりません。しかし、指を生きたまま食べられる苦痛にも反応できない状態のご老人をエサとするのであれば、もっと柔らかく食べやすい部分、たとえばお腹などから食べると考えられます。


さらに、いくら飢えているとはいえ、猫にとって非常に嗜好性の高いものでなくてはなりません。人の壊死した組織は干物のようなにおいがするとの話を聞いたことがあります。かろうじて可能性のある考察としては、仮にこの女性が糖尿病などの持病を持っていて、指の先が壊死し、半分ミイラ化していた状態で放置されていたとすれば、ひょっとしたら猫を引きつけるかもしれません。科学的な検証が行われない以上、いくら常識と照らし合わせても真相は闇の中ということになりますが、実際これらの報道に対して、私は「ああ、なんらかの大人の事情があるのだな」との印象を受けました。


この原稿を書いている時点での最新の報道では、この被疑猫は、ある愛猫家に引き取られたとのことです。結果的には丸く収まったかのようにも思われますが、今回の報道により、猫が危険動物であるかのような風潮が作り出される可能性もあったはずです。幸いなことに、今回の事件では、冷静で科学的な愛護団体や一般の市民の方の反応を見ることができました。これらの反応によって、たった一匹の猫であれ、命は命であると考える世論の大きな流れが示されたのが、今回の事件の唯一の収穫なのではないでしょうか

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